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東京地方裁判所 平成5年(ワ)21515号 判決 1996年2月07日

主文

一  被告は原告に対し、金一〇一万一九七〇円及びこれに対する平成元年九月七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の、その一を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

理由

一  請求の原因1(当事者)及び同3(原告に対する本件第二回手術)の事実については、当事者間に争いがなく、同2(原告に対する本件第一回手術)の事実中、本件第一回手術によって吸引された原告の脂肪量については争いがあるが(少なくとも右脂肪量が一一〇〇CCである限度では当事者間に争いがない。)、その余の点については当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に加えて《証拠略》を総合すれば、本件各手術の経緯等について、次の事実を認定することができる。

1  本件第一回手術

(一)  美容整形としての脂肪吸引手術は、患者の臀部、大腿部、腹部等を小さく切開し、その小さな切開口から先に孔の開いた細い管を皮下に挿入して皮下脂肪を細い管で砕きながら、細かく砕かれた脂肪を吸引器で吸い出す方法である。

原告は、沖縄県で看護婦として稼働している昭和三六年二月一九日生の独身女性であるが、昭和六三年当時、雑誌に掲載された被告医院の脂肪吸引手術についての記事を読んで、これを受けて痩身を図りたいと考えて、予約の上、昭和六三年七月一九日、上京して被告医院を訪れた。

(二)  被告の雇用する藤本喜彦医師は原告を診察した上、脂肪吸引手術を受けた他の患者の施術前及び施術後の写真や手術機械の写真等のファイルを見せて、麻酔の説明、脂肪吸引手術の内容、術後の経過等の説明を行い、少なくとも手術後しばらくは腫れや痛みがあること、抜糸後の仕事には特段影響はないこと、手術によって綺麗にはなる等と述べた。

また、原告は、麻酔による危険防止のために問診票を交付され、既往歴、アレルギー体質、麻酔に対する反応について回答した。

〔なお、本件第一回手術前に、藤本医師が原告に対して、とりたてて脂肪吸引手術の弊害を具体的に説明したことを認めるに足りる的確な証拠はないことは、後記四(説明義務違反について)の記載のとおりである。〕

(三)  そして、七月二〇日に、原告に対して全身麻酔下で、片方の臀部について二カ所、両方で四カ所を切開して、直径八ミリから一〇ミリの管を挿入して、脂肪を吸引機で吸い出すという本件第一回手術が実施されたところ、その執刀医は藤本医師であり、近藤敦医師が麻酔を担当し、被告も右手術に立ち会っていた。右手術中、原告の血圧が低下したため、脂肪を少なくとも一一〇〇CC吸引したところで手術は中止されたが、右中止を最終的に決断したのは被告であった。

原告は、七月二一日被告医院を退院して、都内の沖縄県東京宿泊所「若夏荘」に宿泊し、七月二五日に被告医院で藤本医師による抜糸を受けた後、沖縄県に戻った。

2  本件第二回手術

(一)  本件第一回手術の終了後、手術部位の痛みや腫れがおさまった時点においても、原告の左臀部の脂肪が十分吸引されなかったため、左臀部が右臀部に比してやや膨らんだ形となっており、この点を気にした原告は、平成元年二月七日再度上京して、被告医院を訪れ、被告自身の診察を受けた。

そして、原告は被告に対して、臀部の非対称や凹凸を訴えたところ、被告は本件第一回手術は血圧低下によって中断したため左臀部の脂肪の取り残しがあることや、原告の血圧が低下するためあまり多量の脂肪の吸引はできない旨を告げ、両者間ではこれについて再手術をするか、そのままの状態で諦めて再手術をしないかについては今後の様子をみて決定することとされた。

(二)  その後、原告は再度の脂肪吸引手術を決意し、沖縄県から上京して平成元年九月六日、原告は再度、被告医院に入院した。

そして、翌七日、被告は手術にあたって原告に対して、手術の内容や術後、痛みがしばらくはあるといった説明等を行い、原告の手術部位にマーキングをする等をしたが、本件第二回手術の際の執刀医は、被告の雇用する宮城陽太郎医師であったが、被告も麻酔係として立ち会うほか、右手術を指揮した。なお、原告の本件第二回手術前の身長は一四三センチメートル、体重は四五キログラムであった。

〔本件第二回手術前に、被告が原告に対して、とりたてて、右手術の弊害等を具体的に説明したことを認めるに足りる的確な証拠はないことは、後記四(説明義務違反について)記載のとおりである。〕

(三)  本件第二回手術では、左臀部の原告の脂肪の取り残しを吸引する予定であったが、結果的に、本件第一回手術より多い、少なくとも約一五〇〇CC(左側部位から約七〇〇CC、右側部位から約八〇〇CC)の原告の脂肪が吸引された。

(原告の左臀部の取り残しの脂肪を吸引する予定であったのが、本件第一回手術より多量の脂肪吸引をした理由について、被告本人は、手術中に、原告の痩身のためできるだけ良い結果を出してやりたい、まして遠路沖縄から上京していることから、できるだけ綺麗にしてあげたいとの気持ちが強く働いて結果的に、右約一五〇〇CCの脂肪吸引になったと供述する。)

(四)  原告は九月一一日に被告医院を退院して、都内の沖縄県東京宿泊所「若夏荘」に二泊し、九月一三日に被告医院で抜糸した後、沖縄県に戻り、本件第二回手術から一〇日程度後に看護婦としての仕事に復帰した。

3  原告の被告医院への平成四年一一月一〇日の再来院

原告は、平成四年二月に、沖縄県から上京して東京都八王子市に居住していたところ、本件第二回手術の終了後、三年二か月経過した平成四年一一月一〇日に被告医院に来院し、被告に対して臀部の凹凸及び痛みについての苦情を申し入れたが、この間、原告は手術部位の痛みを訴えて他の医療機関で診療を受けることもなく、被告医院に対する問い合わせをすることもなかった。

4  原告の北里大学病院への通院と現状

原告は、雑誌で知った北里大学病院形成外科(神奈川県相模原市所在)へ平成五年一月二三日、三月一一日、九月一六日及び一〇月二一日に、通院し、同病院形成外科において美容外科を担当する大竹尚之医師の診察を受けた。

その際、原告は大竹医師に対して、臀部の外観上の凹凸、非対称と本件各手術部位の感覚異常を訴えたところ、大竹医師は、脂肪吸引による臀部の外観上の凹凸、非対称(不均一な皮膚表面と皮膚のたるみ)を認め、これについての治療は行わなかった。また、同医師は、原告の痛みの訴えについては他覚的所見はなかったが、神経復活剤のビタミンBを投与した。

なお、原告はその後、再び沖縄県に戻り肩書地で生活している。

三  次に、原告の後遺症及び被告の責任について検討する。

1  臀部の凹凸、非対称について

(一)  人間の臀部の脂肪の厚みや皮膚の面積には多少の左右差は、本来存在するものであるが、《証拠略》を総合すれば、現在、原告の臀部(及びこれに続く大腿部の一部)には、被告医院での本件各手術を受ける前はなかった、一般的に存在する臀部の左右差を超えた外観上の凹凸・非対称(不均一な皮膚表面と皮膚のたるみ)が存在することを認めることができ、この点において原告の美容整形の目的が達成されていないものというべきである。

被告は、仮に原告に多少の臀部の凹凸が存在しても、多少の右凹凸は本来各手術には当然伴うものであるうえ、他人の目の届かない部位であるから、これをもって後遺症ということはできない旨を主張するが、美容整形外科の専門家であり現実に原告を診察している証人大竹尚之(北里大学医学部講師)の証言によっても、原告に現存している臀部の右凹凸は、通常の脂肪吸引手術によって発生する凹凸・非対称を超えるものと認められるものであるうえ、美しく綺麗になるための手術という美容整形手術の本質に照らして、通常、衣服に包まれて他人の目の届かない部位であるからとか痩身がはかられたからといって、臀部の凹凸や非対称が、美容整形手術における後遺症ではないということはできない。

(二)  そして、原告の臀部に右凹凸等が生じたのは、前記認定に照らせば、本件第二回手術の目的が、原告の左臀部の脂肪の取り残しを吸引することにあり、かつ、脂肪の吸引量が増加すればするほど不正面の発生する可能性が高いのであるから、被告やその雇用する医師は、必要以上の多量の脂肪吸引をして右凹凸等が生じないように注意すべき義務があるのにこれに反して、本件第一回手術より多量の約一五〇〇CCの脂肪を吸引した結果というべきである(臀部の脂肪量に個人差はあるとはいえ、原告は身長一四三センチメートル、体重は四五キログラムという小柄な女性であり、左臀部の取り残しの脂肪を吸引するという右目的からして、脂肪吸引量が多すぎたことは否定できないものと解される。)。

(三)  この点について、被告本人は、手術中に、痩身のためできるだけ良い結果を出してやりたい、まして遠路沖縄から上京していることから、できるだけ綺麗にしてあげたいとの気持ちが強く働いて結果的に本件第一回手術より多量の一五〇〇CCの脂肪吸引になった旨を供述するが、仮にそうであったとしても、その故をもって、美容整形の目的が達せられなかった本件の結果について、免責となるということはできない。

2  手術部位の痛みについて

(一)  原告本人は、手術部位付近について、普段は感じないが寒くなるとつっぱったような痛みがあったり、動いた後とか座ったりすると引っ張られたような痛みがある旨を供述する。

(二)  しかしながら、右の痛みについてはこれを裏付ける他覚的所見はなく、平成元年七月の本件第二回手術後、平成五年になって北里大学病院に通院するまでは、医療機関で治療を受けようとしたこともなかったことは前記のとおりであって、右の痛みは外科的手術による傷跡についての感覚異常や精神的なものと解する余地があり、金銭賠償が必要な独立した後遺障害とまで認定することは困難である。

四  説明義務違反について

1  被告の雇用する藤本喜彦医師や被告が、本件各手術の弊害等について、被告の主張するような明確な説明をとくに行ったということを認めるに足りる証拠はない。

すなわち、この点について、被告本人は、本件各手術に先立って、藤本喜彦医師や被告は、右手術の弊害について十分説明しており、術前・術後の写真を患者に示すのも綺麗になるという効果を示すためではなく、凹凸ができたり内出血があるといった脂肪吸引手術の弊害を示すためであるかのように供述するが、これを裏付ける的確な証拠はなく(問診票は、麻酔に関してのみ必要な事項のみの記載であるし、診療録等に手術の弊害等の告知についての記載もない。)、その説明内容についての供述も具体性を欠くものであって、にわかに措信できない。

2  しかし、被告又は藤本医師の本件各手術の説明の内容はともかく、原告の説明義務違反の主張は予備的なものであるうえ、後遺症と認められる原告の臀部の凹凸等の結果は、本件第二回手術と直接の因果関係があると認められるところ(原告も本件第二回手術が、その主張する後遺症と直接の因果関係のあるものであることを前提としている。)、原告の主張する説明義務違反によって、主位的主張の本件第二回手術における注意義務違反の結果、発生した原告の損害を超える以上の損害が発生したものと認めることもできない。

五  次に、原告の損害(請求の原因6)について検討する。

本件第二回手術における被告の前記注意義務違反の結果、原告の臀部に凹凸等の後遺症が発生したことは前判示のとおりであるから、これに基づいて原告の損害について検討する。

1  被告医院に対する治療費について

本件第一回手術は、原告の血圧低下により、途中で中止したものであって、原告も本件第一回手術における被告又はその雇用する医師の過失は主張していないものである。そして、本件第二回手術の不首尾が直ちに、本件第一回手術による治療費の返還請求の根拠とはなりえないというべきである。

しかし、本件第二回手術に関しての治療代金三九万五五〇〇円については、右手術の際の被告の過失によって原告の前記後遺症が発生したものであるから、これは、被告が原告に賠償すべき損害というべきである。

2  北里大学病院に対する治療費

北里大学病院に原告が通院したときには、原告の臀部の凹凸等の後遺症は固定しており、現実にも、臀部の凹凸、非対称に対する治療自体はなされていないことは前記認定のとおりであって、これを被告が賠償すべき損害ということはできない。

3  通院交通費

本件第二回手術に際しての通院交通費については、被告の前記過失と因果関係のある損害というべきであるが、その余の交通費は、これに該当しない。

したがって、《証拠略》によって、次の合計金一〇万八八七〇円の限度で交通費を損害と認める。

<1>  東京から沖縄までの往復の航空運賃金六万九八〇〇円

<2>  沖縄から石垣島までの往復の航空運賃金二万九四二〇円

<3>  自宅から石垣空港までの往復のタクシー代金四〇〇〇円

<4>  羽田空港からの被告医院への交通費金五六五〇円

<4>については、本件第二回手術後、抜糸の後に帰宅する際はともかく、術前に被告医院に赴く際には、石垣島と異なり公共交通機関が発達した東京においては、タクシーではなく電車等で移動することは容易であるから、金五六五〇円の程度で認めるのが相当である。

4  東京での入院・通院に伴う宿泊代

本件第二回手術後、原告が被告医院を退院した平成元年九月一一日から一二日の二日間の東京都新宿区信濃町所在の沖縄県東京簡易宿泊所若夏荘の宿泊代金七六〇〇円は、被告の前記過失と因果関係のある損害である。

5  通院慰謝料

本件において後遺症慰謝料以外に、独立して通院慰謝料を認めるべき理由はない。

6  後遺症慰謝料

前記認定にかかる後遺症である原告の臀部の凹凸、非対称の程度、右後遺症は他人の目には通常触れない部位ではあるが、本来美しく痩身するという美容整形手術を受けたのにこれに反して発生したものであるということ、原告が独身の昭和三六年生の女性であること、本件各手術の経過、その他の本件の諸般の事情に照らせば、後遺症慰謝料としては、金四〇万円が相当である。

7  弁護士費用

本件訴訟の難易、認容額、経過等に照らすと金一〇万円が相当である。

8  以上の合計金一〇一万一九七〇円

そして、右損害に対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金の起算日については、被告の注意義務違反が認められる本件第二回手術の日である平成元年九月七日となる。

六  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、主文の限度で一部理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 白石 哲)

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